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by 誌今 at 2010-04-25 17:50:26
京都・平安高時代には1997年の春夏の甲子園に出場し、夏の大会は6試合をひとりで投げ抜き、準優勝に導きました。何より、甲子園のお立ち台で「次は完全試合を達成します」といったり、リップサービスというか、ビッグマウスぶりも人気を集める秘密でした。
中学の時、「自分は野球でご飯を食べていくしかない」と思ったといいます。超名門高校に入学して1年生からエース。夏の府大会初戦で対戦したのは、当時、高校球界NO1右腕として注目を集めていた南京都高・斉藤和巳投手(現ソフトバンク)でした。「そら、『人間の投げる球やない』と思いました。『これがプロに行く人なんや』と思うと同時に、僕の練習の基準になりました。どんな練習をしてても、『あの人はもっとやってるんやろなぁ』と考えてましたね」。確かに、練習内容は「壮絶」の2文字。陸上女子長距離の強豪、ワコールのメニューを作成している人が課す内容は想像を絶する厳しいものだったといいます。
上野 風俗
「エースで4番でキャプテンでしたけど、ほとんど走ってばっかり。キャッチボールして遠投して、バッティング5分くらい打ったら、後はとにかく走ってばっかり。『俺、ホンマにワコールの陸上部みたいやな』と思ってました。でもね、ホンマに自信がなかったら、えらそうなことは言えませんから。『言うだけのことはやってきた』という自信もありましたから」。発言の裏には、練習量で築いた自信があったようです。
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by Faivapype at 2010-08-01 17:38:35
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